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■It is well (これでよし)

「It is well」という讃美歌、日本語では「安けさは川の如く」という曲名。 意味を解くと、「主よ、我が心は平安なり」だろうか? この讃美歌の詩を書いたH・スパフォード氏の人生は波乱万丈という表現ではあまりに相応しくないと思った。 あまりに過酷、悲惨な人生と言えまいか。 忠実なキリスト信徒に下された試練だった。

そしてキリスト信仰の極地、極限とは、こういう人生を言うのかだろうかとも思った。 スパフォード氏は壮絶悲惨な人生に遭遇したが、その時書かれた詩はあまりにも受容的で、あまりにも理性も理想を超えた世界に思える。 だが、キリストを見上げる信仰は、彼をそこまでも磨き極めたのかと認めざるを得ない。

私たちの人生にいつ訪れてもおかしくない、凄惨極まりない出来事に遭遇したとする。 そのとき、人はどういう心と行動でキリストの前に立つのだろう。

「使徒行伝」と当初訳された書が、今では「使徒の働き」と言われる。 キリストの弟子たちの伝道の旅と活動日記のようなものである。 しかし、正確に訳すとしたら「聖霊行伝」とでも言いたい。 弟子達は常にキリストの御霊(つまり聖霊)に背を押され、先導され、辿った旅路だからである。 そして当時の彼らの生きる道は戦い、葛藤、白熱する議論、主義主張、いがみ合いの旅だった。 そこだけ読むと、とても聖霊行伝という名は相応しくないともいえる。 それでも福音は彼等を必要とし彼らに背負われて、地中海沿岸の小アジアを経て、ギリシャへ、マケドニアへ、そしてローマへと運ばれ、遠くはスペインまでも彼らの視界に入っていた。 使徒達は大いに欠けある者ではあっても、命を賭して、イエスは彼等と共に海路と陸路の果てまで旅した。 死んでも福音を告げ知らせることだけが、彼らを動かした。 そして、その旅路の過程で果てにおいてすべての使徒たちは殉教した。 まるで命を捧げるための伝道の旅の様だった。

使徒行伝を読むと私たちが理想とイメージする「クリスチャン像」など「チャンチャラ可笑しい」とさえ思う。 主はそういう彼らを用いられた。 品行方正、忍耐と寛容、いがみ合いなどもっての他、人を躓かせる言動など即破門、いつも柔和で穏やか、これぞキリスト教徒と思われる現代であるが、これもキリスト教なのだ。

当時、使徒たちは割礼論議に明け暮れた。 異邦人伝道に於いては律法論議に悩んだ。 ユダヤ人の救いと異邦人の救いに関して、ぶつかり合う焦点は幾らでもあった。 チーム伝道の旅に反目(にらみ合い)に至る議論は避けられなかった。 チームが一つに成れず分散するしかなかったことも多々あった。

意見がまとまらず二派に分かれての出立に気持ち良いものは無かったであろう。 しかし、その後に何が起こったか? 彼らは、その置かれた場所、導かれた先で神をいつも身近に体験したのである。 幼いキリスト者は熟練者とされ、仲たがいをした人間関係はイエスを見上げて修復された。 キリストは、彼らの人間的視野など、はるかに狭しとばかりに、熱く激しく臨在され給うた。 現代の私たちに於いてはまるで見えない和解と修復、開けようもない閉ざされた心とわだかまりの世界など、彼らは必ずくぐりぬけている。 これぞキリストの弟子の姿だった。

パウロの第2次伝道の旅目的は、現代のトルコ地方を隈なく駆け巡るものだった。 しかし、或る場所からは北にも南にも行けなくなった。 その場面、「聖霊が禁じられた。イエスの御霊がお許しにならなかった。」と聖書は語る。 それが実情であった。 使徒達は悩んだ。 それでも彼らは前向きだった。 やむなく中央を見据えて進むしかない。 その道だけは前に進めたのである。 後退する選択肢など持たなかった。 小アジアの東の端、エーゲ海を目の前にしたトロアスは陸路では「どんづまりの港町」だった。

そこに来たとき、パウロたちは果たして何を考えたのだろう? 思えば、この旅の出発時に相棒のバルナバと激しくぶつかった。 激しく反目し合った。 互いの意見に妥協点などなかった。 あれは良くなかったか・・・とパウロは思ったか? そんなスタート場面の記憶が頭をよぎったのではないかと私は勝手に想像した。

トロアスに着いて或る晩、パウロは幻を見た。 マケドニヤ人が彼の前に立って懇願している。 「どうか渡って来て、私たちを助けてください。」

夢から覚めてパウロは確信した。 「これこそキリストのお導きだ。南にも北にも道が閉ざされたのはこの為だった。」 チームはそこで一致した。 「マケドニヤへキリストの福音を運ぼう。」 少数ではあったがメンバーの心に熱い伝道の炎は燃えた。 こういう「It is well」もあったのだ。 それこそキリスト教がヨーロッパの地を初めて踏みしめる瞬間だった。

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