■ あなたの信仰があなたを救う / マルコの福音書10:46~52
- 新約聖書/マルコの福音書
- 2005年11月6日
- 読了時間: 3分
「あなたの信仰があなたを救った」とイエスは盲人に向かって言われた。 それは現代でも同様の意味合いがある。私の努力と私の修行ではない。私がどれだけキリストに信頼しているかが全てなのである。勿論、そこに働いてくださる神がおられるからこそである。
一人の盲人が何やら叫びながらイエスを呼んでいる。「ダビデの子のイエス様-、どうか私を憐れんで下さ-い!」人々は彼をうるさがって押しとめた。しかし、彼は叫ぶのを止めなかった。イエスは彼に来るように言われると、男は躍り上がって喜んでイエスの前に出た。彼の行動に私達クリスチャンが思わず恥じる。それは? 先ず、生まれつき眼の見えない男であるが、イエスに対して絶対なる期待を持っている。信じています、などと言うレベルではない。イエスに会うことさえできれば、言葉をいただければ、それで彼は癒され、助かることを知っている。次にイエスに対する信頼を持っていた。それは切望でもあった。イエスでなければならないのである。あなたの今は、いかがであろう。祈り求める内側はいかがであろう。この男と比べて見て。そして、彼はイエスに呼ばれたとき、上着を脱ぎ捨て、飛び上がって喜んだとある。歓喜の行動である。これは、イエスに対する期待、信頼が生み出したものである。彼の信仰はまさに生きていた。
イエスは男に問われた。「わたしに何をして欲しいのか?」 男は言った。「主よ、目が見えるようになることです」 主は言われた。「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」 そして男の目が開いた。
イエスは男に具体的な応えを求められた。それは私達としても同様である。抽象的であったり、言葉を濁したり、表現の美しさを優先したり、マクロ的なものではいけない。シンプルに焦点を合せた願い、ピンポイントの願いを神は求めておられると思う。何を祝福して欲しいのか、何を憐れんで欲しいのか、どんな人間関係、家族関係を望むのか。明確にはっきりと神に申し上げるべきである。そうしないと、自分の信仰さえはっきりしなくなってしまう。日本人の多くがはっきりしない信仰ではないかとさ、感じてしまう。神は霊なる方であり、十字架はあれほどはっきりと四つの福音書で書かれており、以降の使徒行伝や書簡では聖霊の働きが明確に記されている。罪の赦し、救い、聖霊に導かれて生きる、これらがはっきりしていないのである。いわゆる哲学的クリスチャンが多い。思想的にはクリスチャンであるが・・・とか。イエスに問われる必要がある。「私に何をして欲しいのか?」マタイの福音書に似た場面がある。そこでイエスはやはり問われている。「わたしにそんなことが出来ると思うのか?」この言葉も非常に鋭い。思わず自分の胸に手を置いてしまいそうだ。 教団の山北先生の書かれた本に面白い表現があった。 木馬クリスチャン=簡単なことで動揺したりしているが、ゆれ続けるだけで一歩も前に出ない。 キセルクリスチャン=若い日に信仰を持ったが、途中で挫折し教会からも離れた。しかし、晩年になって再び信仰を立ち戻り、教会にも帰った。 孔雀クリスチャン=羽を広げて目立ちはするが、天に向かって一向に飛べないでいる人。 石鹸クリスチャン=自分の身を削って奉仕したり、人のために立ち働くがやがて磨り減ってなくなってしまう。 そこで私も一つ考えた。 パラグライダークリスチャン=場合によっては数時間も天を飛ぶが、必ず降りて(霊的ダウン)くる。
見えない盲人の男性が、はっきりと救い主を見て、期待し、切望し、歓喜し、救われた。見える男達はイエスを非難し、迫害し殺した。見える私達は、いつももう一枚を脱皮できないサナギクリスチャン・・・
そして、今日も主イエスは問われる。 「わたしに何をして欲しいのか?」 「わたしにそんなことが出来ると思うのか?」
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