■「器は練り直される」 / テトス1:1~11
- 新約聖書/テトスへの手紙
- 2004年5月23日
- 読了時間: 3分
書簡の中でポピュラーに登場する名前はテモテという名です。特に若い人たちの見本として語られる名であり、手紙の内容も有名なみことばの宝庫です。しかし、テトスという人を見る時、彼はパウロの伝道において、欠かすことの出来ない存在でした。その存在感はコリント人の中では際立って輝いております。パウロが伝道の旅で傷害に突き当たり、意気息消沈していた際も、テトスによって再び元気を与えられ、立ち上がって行ったことが書いてあります。テトスは純粋なギリシャ人であり、異邦人クリスチャンとして神に用いられ、その生涯を主キリストに捧げた人でした。
クレテという島の各所にクリスチャンの群れが生まれたため、その群れの中に牧師(長老)を立て、群れの牧会にあてさせるようにと、パウロから任命されたのが若いテトスであったのです。パウロは牧師に必要な資質を細やかにリストUPしました。わがままでなく、喧嘩好きでなく、酒飲みでなく、不正な利を求めず、と言った否定的な言葉の後に、旅人をもてなす人、善を愛し、謙虚で謙遜で自制心があり・・・と言うように、10以上の要望が並びます。
世の中には、生まれついての牧師の器!というような人が沢山おられます。たまに?あんな人が?といった印象の人もおります(実は私がその人なのです)。しかし、パウロの言葉に対し、すべて100点をもらう人はいないと思います。いいえ、決してひがんでいるのではありません。それにしても、テトスは無理難題を持ちかけられた、としか言いようがないですね。
さて、要望は理解しましょう。確かに当然のことなのですから。 問題は、合格点をもらえるか否か、ではなく、どんな器もキリストに向かい会って生きるなら、合格点を取れる器でなくても、神の器に変えられる、ということです。ただ信じていれば変えられるというものではなく、「神に真向かうこと」によるのです。今までが欠けだらけの人生であろうと、今から主イエスと生きるなら、必ず用いられる器となるのです。全能の神、と私たちは言いますが、もしかしたらクリスチャンが一番そのことを信じていないかも知れません。全能とは不可能がないことを言います。どんな状況下でも可能性を呼び出すことが出来る神。無から有を呼び出される方は、聖書の言葉を語られる神。天と地を造られた神。イエス・キリストの父なる神なのです。この方以外に神と呼ばれる存在はありません。故に、この日本ではクリスチャンが1%にも満たないのでしょうか。
今までが、いかであろうと、心配はありません。聖さとか正しさからかけ離れていても問題ありません。十字架はすべての罪を赦し、すべての人を受け入れます。キリストにあって変えられ人生もありません。ただ、キリストに真向かうならば、です。それだけです。
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