検索
ヨハネ6:48~59
2016年7月24日
■ 弟子道/ヨハネ6:48~59
イエスは言われた。 場所は安息日にユダヤ人が集まるシナゴーグ(会堂)。 「わたしはいのちのパンである。これは天から下って来たパンで、それを食べると死ぬことがない。」 イエスは、人々に向かってご自分を食べよ、と言われた。 そして今もそう言われ続ける。 ...
マタイ12:1~14
2016年7月17日
■ 人の子は安息日の主です/マタイ12:1~14
1978年7月、私がクリスチャンになって4か月目の頃、一冊の本に興味をもった。 「沈黙」、遠藤周作先生の著である。 徳川時代、キリシタン迫害と追放の時代に日本布教を目的として海を渡ってきた宣教師の話である。 命を賭して航海の旅を経て、文化も風土も異なる極東の島国へ渡る...
マタイ11:15~30
2016年7月10日
■ イエスがいなければ/マタイ11:15~30
「イエスがいなければ何もできない」と歌い、「イエスがいなければ生きるすべなし」と歌う。 まことにそのとおりである。 まったく疑う余地なし。 キリスト馬鹿にならせていただいて間違いなかった。 だが成りきったわけではない。 ...
コロサイびとへの手紙1:21~29
2016年7月3日
■ 土台はキリスト/コロサイびとへの手紙1:21~29
人間は、その人生においてそれぞれは土台の上に生きている。 ここに「人は考える葦」と言われた言葉の意味があると思った。 ただぼんやりとあてもなく生きられないのが人間であると思う。 土台とはその人にとって信念であり理念であるかも知れない。 ...